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不定期連載 ヒロシマ日記<25> 73回目の原爆の日
2018.8.9

今週月曜日、8月6日、広島は73回目の原爆の日でした。

平和祈念式典が営まれた平和公園は、今年も、ひしめく蝉の声と、ほのかな線香の香り、

原爆死没者慰霊碑の献花を待つ行列に、原爆供養塔に手を合わせる高齢の女性、

式典を前にした原爆ドーム周辺の物々しさなど、

「8月6日の朝」を実感する光景がありました。

 

今年、被爆者の平均年齢は82歳を超えました。

記憶の継承が課題になる中、

実は私も、我が子達に十分に伝えられていないと悩む親の一人です。

そんな中、今年私は、原爆の日を前に、中学2年生の娘と平和公園に行きました。

娘がその日たまたま、近くで用事があったので、

「せっかくだから、お母さんと平和学習しない?

お母さんも、原爆の日の放送を前に勉強したいし。」と誘ってみました。

そういう気分じゃない、と嫌がるかな?と思いましたが、「うん、いいよ!」とあっさりOK。

母娘水入らずで、平和資料館を見学し、被爆体験伝承者の講話を聴き、

ビデオシアターで「ヒロシマ 被爆者からの伝言」を観ました。

 

資料館の展示を一緒に見ていると、娘からいろんな質問を受けました。

「アメリカのネバダ核実験場近くに住んでいた人は大丈夫だったのか?」

「ノーベル平和賞を受賞したICANは、何をしたのか?」など。

対する私は、漠然とした答え方しかできなくて、もっと勉強が必要だなと反省しました。

 

帰り道、お互いに、一番心に残ったことについて話しました。

娘は、原爆孤児になったきょうだいの絵が忘れられないと言いました。

がれきの中で、不安そうな目をして立っていたきょうだいに、自分を重ねたようです。

私は、伝承者の方が講話の最後におっしゃった、「私は中継ぎです」という言葉。

被爆者から被爆体験談や平和への思いを受け継いだ、伝承者ならではの重みを感じました。

そして、私も子供達へヒロシマをつなぐ「中継ぎ」にならなければと思いました。

 

今日は、8月9日。

もう一つの被爆地、長崎原爆の日です。

原子爆弾の犠牲となられた方々に、心からご冥福をお祈りいたします。

 

(原爆の日を2日後に控えた広島平和記念公園の様子)

 

 

 

 

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