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ドタバタかいご備忘録⑥ 親心
2017.3.22

発病から5年、母はついに一人で生活ができなくなりました。

そんな母が最初に頼ったのは、私達娘ではなく、生まれ育った実家でした。

母の兄夫婦が住んでいて、日に何度か動けなくなる母をトイレに連れて行くなど、

随分助けてもらっていました。

私も横浜に住む姉も、親戚に迷惑をかけているのが心苦しく、どちらかのところへ来て

一緒に生活してほしいと母に頼みましたが「娘に迷惑をかけたくない」の一点張り。

なかなか首を縦に振ってくれませんでした。

 

頑なだった母の心が動いたのは、それから1年後。

4歳と2歳の子育て中だった姉が仕事に復帰することになり、

孫の世話や家事のサポートができればと、横浜での生活を選んだのです。

病気になっても、できる限り娘の役に立ちたいと思う親心からでした。

 

姉は、まず横浜でも母が適切な治療が受けられるように、

パーキンソン病の医師探しを開始。

そして、その医師から、介護保険サービスの利用を勧められます。

それが、母がその後14年近くお世話になることになる「介護保険」との出会いでした。

初孫(私の甥)を抱っこする母(2001年1月)

 

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