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2010年11月25日

屋久島

 4年ぶりに素敵な仲間と屋久島へ行ってきました!!

右側の写真は4年前、同じメンバーで「もののけの森」で撮った写真です↓

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            2010年11月                       2006年11月

 

皆さんとの出会いは5年前です。

「産業カウンセラー」集中講座で、同じクラスになったというご縁です。

年齢も性別も職業も様々。産業カウンセラーの試験に向かって、お互い励ましあいながら勉強

しました。

自己紹介の時、私は「島巡りがライフワークで、もし行きたい方がいらっしゃいましたら、ツアー

を組みます!」と宣言したのがきっかけです。

その一言から始まって、4年前に屋久島ツアーを開催。私が東京から広島に引っ越してからは

「瀬戸内ツアー」に皆さんが来てくださいました。

そして、この春・・・毎年恒例となったお花見の席で、東京の皆さんから電話がかかてきたのです。

「島ツアーの第3弾で再び屋久島へ行こう!」

その電話で、すぐに半年後のスケジュールを決めて、今回の旅となりました☆

2Gというクラスで4日間一緒に勉強したというだけで、こんなにもきのおけない親戚のような仲間

ができるとは思ってもみませんでした。

家族や職場のほかに、仲間がいると思うと、いつも心強く、幸せな気持ちになれます。

出会いに感謝です。

そんなことで、ここは

            北太平洋一のウミガメ産卵地 屋久島いなか浜   です。  

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 いなか浜の前にある「うみがめ館」で、大牟田一美さんから20年以上にわたる

いなか浜の現状についてお話を伺いました。

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今年は約2,500頭のウミガメが屋久島で産卵しました。

戦後、屋久島では亀当番といって、砂浜にウミガメの卵を取りに行き、それを売って

学校のクラブ活動の資金にしていた時代もありました。

海砂採取で砂浜が減り、護岸工事で潮の流れが変わり・・・・

その後、地域で浜を守る活動 がボランティアで続けられ今の環境が残されています。

美しい浜を眺めながら、せめて、このまま浜を残していくにはどうしたらいいのか、考え

させられます。            屋久島うみがめ館http://www.umigame-kan.org/

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                                                           いなか浜に面した旅館での写真です。

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 洞窟のようになっている岩の入り口を入ると・・・そこは海の前の露天風呂です。

満潮になると波しぶきがかかってくるほど野趣満点です。

波の音を聞きながら、しばし日常を忘れるひとときでした♪

 

2010年9月25日

台湾

「中華民国」は86の島々からなる日本と同じ島国。中国は国の一部と主張していますが・・・

人が住んでいるのは15の島です。その中でもっとも大きな島が「台湾」。円高還元格安2泊

のツアーに参加してきました!1泊目の午後は自由行動!!

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 『千と千尋の神隠し』のモデルといわれ、台湾映画『悲情城市』の舞台となった九份

(きゅうふん)という海辺の街です。台北から北へ車で約1時間。

地図を手に、バス停を探しました。道を聞きながら歩き、3人目に声をかけた若い女性

が、片言の英語と日本語と中国語を交えて答えてくれました。「私これから九份行きの

バス停があるところまで行くからこのタクシーに一緒に乗る?」

「えっ?」と思って、辺りを見回すとみんなニコニコ、乗っていったら?みたいな顔で見て

いたので私、思わずその一緒にタクシーに乗っちゃったのです!!!

バス停はすぐかと思ったのですが、なぜかそのままハイウェイへ。

「へ?」怖くなって尋ねました。「バス停は近くじゃなかったの?」

彼女は、基隆という台北駅から20分行ったところに九份行きバス停があって、自分はそ

こまで行くから連れて行ってあげるというのです。そこからだと九份までバスで30〜40分

で、台北よりバスの便も頻繁にあるというのです。

急に心配になって、台北に住んでいる友人に電話をかけましたが、繋がらず・・・・

何事もなく、バス停まで女性が案内してくれた時には、ホッとするやら、奇跡のような

幸運に感謝するやら、海外での軽はずみな行動に反省するやらで胸がいっぱいになり

ました。台湾の人は本当にあたたかいです。感謝です。無事、九份に到着しました。

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九份では、天空之城(てんくうのしろ)というお店で台湾のお茶を楽しみました。

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築100年の建物で、中に入ると窓から柔らかな陽が差し込んでいました。

オーナーは芸術家で、店内はギャラリーのようです。

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おススメという、標高1500メートルの茶畑で手摘みした新茶と、お茶のチーズケーキを

いただきました。テラス席もあり、海と島々が一望できる絶景スポットで本を読みながら

のんびりと過ごしました。  

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   帰りのバス停で、福山の文字を発見!故郷を思いながら思わず写メしました。

帰りは、無事に何事もなく路線バスでホテルまで帰ることができました(^^)♪

 

2010年6月13日

伊良部島・下地島(沖縄県・宮古諸島)

船に乗って約15分、伊良部島・下地島へ渡りました!

2012年には、宮古島と伊良部島を結ぶ橋が開通する

予定です。

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 伊良部島と下地島は隣接していて短い橋で繋がっています。

その橋を渡り、緑のアーチを抜けると静かな池がありました。 

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 「通り池(とおりいけ)」です。上の写真と、下の写真の池は、地上から見ると別々の池です。

実は、底が海と繋がっていて、人魚姫伝説の残る神秘的なスポットとしてダイバーに人気の

場所です。

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 下地島パイロット訓練飛行場前の砂浜には、無数の岩が転がり、独特の景観を作り出していました。江戸時代に大津波で打ち上げられたということで、自然の驚異を感じずにはいられませんでした。

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国内唯一のパイロット訓練場は、基地問題の候補にもあがった場所です。

見上げるとちょうど空から飛行機が・・・・同じ飛行機が何度もタッチ&ゴーの訓練を

していました。目の前に迫る飛行機の大きさと音に圧倒されているうちに私の飛行機

の時 間も迫る!まだまだ行きたい所はありながらも、楽しみは次回に持ち越しです☆

 

2010年6月12日

来間島 くりまじま(沖縄県・宮古諸島)

宮古島本島と来間島を結ぶ1,690mの橋を渡り、展望台近くのお店に入りました。

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 「楽園の果実」というカフェです。お庭には、楽園という言葉にぴったりの美しい花々や

蝶が舞っていました。ここでいただいたのが、宮古牛のステーキ丼です。↓(1,200円) 

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 ステーキというより薄切り焼肉といった感じでしたが、ジューシーで甘辛いソースと

の相性も抜群でした。農家直営レストランで旬の野菜や果物をふんだんに使ってい

ます。デザートのマンゴープリンはもちろん自家製です。マンゴーも今、収獲の時期

を迎えています!

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来間島のビーチは、宮古島本島よりさらにひっそりとして、時が経

つのを忘れるほどの美しさでした♪

 

2010年5月31日

宮古島 ディープな場所

宮古島空港の近くにある新城定吉さんのお庭です。

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最近よく耳にするパワースポットということで

次々と女性たちが訪れていました!

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お庭といっても広い。約3000坪の敷地に新城さんが

数十年かけて所々に石を積み上げた「石の庭」です。

パワースポットは土足禁止。東京から来たという

女性は「エネルギーを充電して満タンにしなきゃ」

とニコニコ顔でした。

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 ご興味のある方、そこで何を感じるかお試しあれ!

 

一方こちらは、宮古島市内中心部にありながら、何これ?と

足を止めたくなる家。家?家が見えない・・・・森のような家。

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麻姑山書店です。 郷土料理「おふくろ亭」の隣にあります。 

中に入るとこんな感じ。専門書から漫画まで幅広い品揃えです。

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中は広く、迷路のようになっています。限定1000部の「十島村村誌」

があったのには驚きました。※鹿児島県トカラ列島の十島村です!

迷いに迷った挙句、マザーテレサの文庫本を買って帰りました☆☆☆

次回、宮古周辺の島へ・・・

 

2010年5月27日

沖縄県・宮古島(人口5万5171人 2010年1月末現在)

 ご覧くださいこの外反母趾!ではなく、白いハイビスカスの

向こうに見える青い海を!!

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 沖縄本島から南西に約300キロ、宮古島へ行ってきました!

まずは、宮古島2大名勝へ。宮古島、初めてです(^^)♪       

        前浜ビーチ                    東平安名崎

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 前浜ビーチは、7キロにも渡って砂浜が続いています。人気もなく、大声で歌ったり

細かくて白い砂を撫でたり、掴んだり、舐めてみたり・・・? ☆気分爽快☆

 

東平安名崎は、太平洋と東シナ海に面した半島で、テッポウユリが一面に咲き乱れ

ていました。景勝地を後に北へ向かうと福山。

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   なんでもない標識も、広島県福山市出身という郷土愛がこの1枚を撮らせて

  しまいました。ところで、道端のこの機械、何だか分かりますか?

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 宮古島には、河川や湖沼がなく、生活用水の殆どが地下水です。

宮古島は大きな水瓶の上にあるようなものだとタクシーの運転手

さんが教えてくれました。 そして、この機械ですが、農業用水の

自動販売機なのでした。料金は、500リットルで10円。

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次回、街で見つけたディープな場所にご案内します!

 

2009年4月19日

沖の島(高知県・人口237人 2009年4月1日現在)

高知県宿毛(すくも)市の沖の島・母島(もしま)港に入港です。

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広島港から松山港まで船に乗りました。

松山港からは、延々路線バスを乗り継いで4時間で宿毛駅。

そこからさらに、1日2便往復している定期船で1時間弱です。

車で行けば、広島市から今年10周年を迎えるしまなみ海道

を渡り、6時間あまりで宿毛市に着きます。

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早速、島を歩いてみましょう。

集落は、急傾斜にあります。

段々畑のような石垣に家が立ち並びます。

バリアフリーとは無縁の町並みですが、美しい。

各家に必ず物干し台があり、そこで洗濯以外にも

日常の作業が、何でもできるようになっています。

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地元の方が、教えてくれた有名人のお宅。

↓ここは、横山やすしさんの生家です。

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実は、沖の島には国境があったのです。

用水路のようなこの真ん中の溝が国境です!!!

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真ん中の水の流れを挟んで左側が伊予の国。

画面右側が土佐の国でした。

室町時代の国境争いに始まり、明治の廃藩置県まで

伊予と土佐に分かれていました。

一つの島で、わずか数メートルの距離を隔てて国が違っ

ていたんですね。

今でも島に残る冠婚葬祭の歌を聴くと、その歌詞から国

の違いが感じ取れるそうです。

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 1968年(昭和42年)の映画『孤島の太陽』のロケ地

 

沖の島の保健婦、荒木初子さんの半生を描いた映画で

樫山文枝さん、宇野重吉さんらが出演しています。

レンタルにショップにもあるかなぁ・・・?

 

夜は、近海で獲れたコショウ鯛のしゃぶしゃぶなど、豪華な海の幸をいただきました。

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一緒にいるのは、沖の島小学校の先生です。沖の島小学校には現在1人の児童、

中学校には3人の生徒がいます。教職員は10人です!

この日、先生たちとお話したいと地元の方に話したところ、宿まで訪ねてきてください

ました。

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 翌朝。

宿泊先の望洋館澤近の女将さんや娘さん、

近所の皆さんがお別れのカラーテープで見送ってくれました。

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また、訪れたい。

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今度は、時化てない時に潜ってみたいです(^^;)

 

2009年2月26日

沖永良部島で出会った素敵な女性たち(2)


(2)黒潮焼 陶芸家 神川セツさん

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黒潮焼は、沖永良部島で神川セツさんが初めて生み出した陶器です。沖永良部の土を使い、
ガジュマルやソテツ、サトウキビなどを素材にした上薬を塗って焼き上げます。


セツさんが念願のお店オープンに辿り着くまでは、幼少時代のインスピレーションから実に50
年が経っていました。
きっかけは、幼い頃、セツさんが沖永良部の粘土質の土でおもちゃを作って遊んだことに遡り
ます。そのおもちゃを、つい水の中に入れてしまいました。おもちゃは見る見る溶け出しました。
セツさんはそれを見て驚き、悲しくて悲しくて涙が止まらず、いつまでも泣いていました。そこに、
おばあちゃん登場!
「もう一度、作ってごらん」

セツさんは、おもちゃを作っておばあちゃんに渡しました。するとおばあちゃんは、 焚き火の残り火の中に、そのおもちゃを放り込んだのです!
「あっ・・・!」
しばらくして取り出してみると、前よりも硬く、水に強いおもちゃに変身していたのでした♪
この時、セツさんは「沖永良部の土は焼くと固まる」ということを頭の隅に刻みつけ、いつか自分
で作ってみたいと思ったそうです。
その気持ちを忘れずに、長年の構想を実行に移したのは、結婚後、子育てが落ち着いてからでした。当時、ご主人は役場職員、セツさんは旅館を営みながら、一人自宅で陶芸の研究に没頭
しました。みんなが山に山菜を摘みに行く時、セツさんは山菜ではなく、土を掘って大きな袋いっぱいの土を「ふうふう」いいながら持ち帰りました。
どの土が焼き物に相応しいのか、数種類の土を混ぜあわせる土作りから勉強しました。
やがて素焼きに挑戦しますが、何度やっても、いつまで経っても、窯の火が思うように燃えません。悔し涙が溢れ、何もやる気が起きなくなり、数カ月間、窯の蓋を閉めたまま、窯を見る気にもなれなかったそうです。一度は諦めたものの、これが最後と、窯を買った製造会社に電話してみました。
「そちらで窯を購入したのですが、燃えないのです」
電話口の向こうから、熱心な指導が始まりました。セツさんは受話器を耳に当てたまま、言われ
た通りに操作しましたが、結果は同じでした。
そのうち、相手が「風、風向きはどうですか? 今の風向きと窯の位置を教えてください!」と声
を張り上げました。その瞬間、謎が解けました。
窯に向かって微妙に風が吹き込んでいたため、うまく火がつかなかったのです。目に見えず、いつも当たり前にあって、気がつきにくいものです。
自然と渾然一体となって初めて生み出される焼き物に、幼少時代、まるで手品のようにおばあ
ちゃんが見せてくれた感動を思い起こしました。
その後、島の植物を使った上薬をいくつも研究し、技術を磨き、沖永良部島で初めての窯元に
なりました!
「 第二、第三の人生」という言葉を聞きますが、神川さんご夫妻は、今、お互い新しい仕事に励
んでいます。
ご主人は、定年退職後、経験を積み、現在、神主をされています。
セツさんは今、旅館業を卒業し、陶芸一筋です!
セツさんのひたむきさに「思いを持ちつづければ、形となって現れる」と感じました!
お別れの時に握手した手は、柔らかくて、あったかくて、スベスベしていました。

 

2009年2月25日

沖永良部島で出会った素敵な女性たち(1)


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沖永良部島は、鹿児島市から南へ約550km、沖縄からは北へ約60kmに位置する
隆起サンゴ礁の美しい島です。
年間平均気温は約22度。200余りの大鍾乳洞群が見られ、春には、ユリやフリージ
アが咲き誇ります。
琉球王朝の史跡があり、風景や言葉遣いからも沖縄文化の影響を強く受けているこ
とを感じます。
今回は、「将来こんなふうに輝きたい!」と思った「島美人」をご紹介します!

(1) 森カ子(もりかね)さん〜「イラディ・イラバディヌ・イラブジマ」
                   (選んでも選びきれないほどよいところがいっぱいの沖永良部島)
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「ここは子どもたちが方言を使う唯一の場所です。」
学校教諭だった森カ子さんが森商店をはじめてから30年余り。
店に入るなり「イラディ イラバラヌ イラブヌシマ」という言葉を教えていただきました。
「私はこの島に生まれて、今ここで孫たちの顔をみながら過ごせることが何よりも嬉し
いの!世界で一番幸せ者です!!」満面の笑みで、話が始まりました。

店に入るとまず、子どもたちは「ウガミヤブラ〜(こんにちは)」
そうすると、カ子さんが「メンショ〜レ」(いらっしゃいませ〜)」
買い物をすませると「ミヘディロ!(ありがとう)」となるのが理想です。

鹿児島の島々には、古くから美しい響きの方言があります。それが戦後の教育で、方言
を使っていては、島外で社会に出た時、すんなり対応していけないのではという理由など
から、小学校で方言を使うことを禁止した時期がありました。現在40代の人の話では、学
校で方言を遣って、「私はきょう方言を使いました」と書いた画用紙を首からぶら下げ、廊
下に立たされたこともあるそうです。今では逆に、しまの言葉を大切にしていこうと、学校
で方言の演劇を試みたり、辞書を作ろうという話が持ち上がったりしています。

ところが、今では方言を知らない世代が増え、核家族化で子どもたちがお年寄りと話す機
会も少なく、カ子さんは、ここで「ミヘディロ」が言える子どもたちを育んでいきたいと話して
くださいました。
もう一つ、カ子さんが一枚の紙を渡してくれました。
分かりますか?

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ワー名(私の名前)から始まって両親の祖父母の名前まで書けますか?という表です。
アチャが父、アマが母、ジァージャが祖父、アジが祖母です。
私はすぐに書き込んでみましたが、両親の先が進みません。
祖父母のうち3人は私が生まれる前にすでに亡くなっていたので、お墓参りの時に見た
名前を思い起こしながら書いてみましたが、どうしても一人、漢字が思い出せません。
こんなに簡単で、そして大切なことが書けないなんて・・・。
彼岸に、父から曾祖父と曾々祖父の名前を聞いたばかりでしたが、祖父の漢字をどうし
ても思い出せませんでした。おじいちゃん、ごめんなさ〜い!

沖永良部では、年上やご先祖様のことを「ウヤホウ」といって敬意を表します。
私が滞在した2日間だけでも、この「ウヤホウ」という言葉を5回以上耳にしました。
カ子さんは、「ミヘディロと同じように、子どもたちにせめて祖父母の名前くらいは言える
人であってほしい」と願っています。
帰り際、「おばあちゃんは世界で一番美味しいアンダギー(揚げドーナツ)が作れるの。
これ、もって帰って食べてね」と、できたてのアンダギーを持たせてくれました。
一瞬、子どもにかえったような気持ちになりました。
私は、教わったばかりのぎこちない発音で「ミヘディロ!ミヘディロ!!」と言いながら店
を出ました。

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2008年11月24日

江ノ島の向こう・・・

画面中央左側にある小さな島が江ノ島です。
その向こうには日本一の富士が聳えています!
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神奈川県の逗子マリーナからの眺めです。
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鎌倉の紅葉を楽しむ行楽客とすれ違いながら海辺で
犬と戯れました!
何の変哲もない普通の雑種犬、名前は「ランカ」です。
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何故「ランカ」かというと、スリランカで拾ったからだそうです!
犬の里親としては珍しいケースですよね。
遠く離れた海外から飛行機で10時間もかけて、ガリガリに
痩せた小さな野良犬を連れて帰りました。日本に着いてから
も3か月間、空港で検疫を受けたそうです。
飼い主は、週に一度は必ず、江ノ島が見えるこの海に連れて
きます。空気の澄んだ朝は、江ノ島越しに富士山がくっきり見
渡せます♪

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波の音を聴きながら「ランカ」は何を思っているんでしょうか・・・

 

2008年6月17日

沖縄県・久高島(人口276人 2008年6月1日現在)

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えっ〜〜〜?何?この看板!
日本一のどかな看板を発見!!

この1枚の看板で、この島の魅力は十分に伝わったことと思います。
八百万の神の国といえども「ニライカナイ(神)の島」と呼ばれている
久高島ならではの看板です。
人間よりもヘビ優先。
因みに信号は1つもありませんが、この看板はあちこちで見かけま
した。

久高島は、那覇から車で南へ1時間足らずの安座真港(あざまこう)
から高速船で約15分です。
操縦席にお邪魔してのポーズ!

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なんとこの船、福山で造られたんですって!
福山育ちの私としては、なんだかとても嬉しく、親しみを感じました♪