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2012年8月26日

24時間テレビ35

夏はやっぱり24時間テレビです!35回目を迎えた今年のテーマは「未来」

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ボランティアに参加してくださった皆さんと未来について語り合いました。

未来の自分は、ダンサー、保育士、看護師、スクールカウンセラー、パン屋さん、

ウエディングプランナー・・・・皆さんになりたいと思ったきっかけなどを聞かせてい

ただき、未来に希望を感じた今回の24時間テレビでした☆

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今年も本当にたくさんのご協力をありがとうございました!

2012年8月20日

〜神舞〜 4年に1度のお祭り  (山口県・祝島)

きのう、祝島へ行きました!

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 4年に1度開かれる「神舞(かんまい)」。この日は13の神楽が奉納されました。

神舞について http://www.iwaishima.jp/home/kanmai/kanmai.htm

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今から1000年以上も前、海で遭難した人の命を助け、その人たちから穀物の種をもらいました。

祝島に農業が始まったきっかけで、島が豊かになったことに感謝して今も続いているのが神舞です。

私自身も恩を忘れずにいたいと思ってはいますが1000年はすごいっ。そこが祝島の人の魅力です。

 

以前から行ってみたかった「天空の棚田」を見に行きました。

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高低さは30メートルはあろうかと思われます。

一番上に上がってみるとこんな感じ。私が見えますか?豆みたい。

                        ↓(糸永)

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上からの景色はこちらです↓

黄金色に実った稲穂向こうは、海の碧と空の青が溶け合っていて、その間に小さな島が見えます。

息を呑むほどの美しさでした。

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集落からは、片道4キロです。3時間歩いた甲斐がありました。

  写真左側の石碑には「きょうもまたつもりし雪をかき分けて子孫のために掘るぞうれしき」亀次郎

とあります。

kanmai------.jpg   kanmai-------.jpg  kanmai--------.jpg途中で食べ歩きしました!

天空の棚田にある石碑              イヌビワ

 

この棚田は、「人間米さえあれば生きていける」と言った、平亀次郎さんが

親子孫の3世代に渡って30年かけて開いた棚田です。

今は3代目、平亀次郎さんのお孫さん萬次さんが引き継いでいます。

その萬次も80歳を超えました。萬次さんは、自分の代で、この棚田は原野に還すという

ことです。

三代先のことまで見据えて生きた亀次郎さん、三代目になって潔く山に還すという萬次さん。

そこに生きる人たちの決断に共感を覚えます。次の世代は、これから先のことを考えて新たに

始めればいい。こういった気骨ある人たちが暮らしているからこそ、祝島は原発反対運動が30

年も続いてきたような気がします。

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昼食は、祝島に出来た「こいわい食堂」の豚丼をいただきました。以前、このブログで

エコねーちゃんとしてご紹介したたかこさんが、祝島へ移住し店主となっていました。

祝島で放牧した豚のお肉は、弾力と甘みがあって本当に美味しかったです。

2012年8月18日

出会い、再会・・・@フレデリックバック展

広島県立美術館で開催中のフレデリックバック展。

先日、ピアニストの西村由紀江さんと三鷹の森ジブリ美術館館長の中島清文さんとの

トークショーが行われました。

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                          写真中央が中島館長 右西村由紀江さん

 

トークショーでは、西村由紀江さんとフレデリックバックさんとの出会いのエピソードが

披露されました。

西村さんは17年前にバックさんの作品『木を植えた男』に出会ったそうです。

当時、自分を見失いかけていた西村さんは、ソロピアニストとしての道を進むことに

背中を押してもらった、人生に大きく影響した作品だったそうです。

ピアニストとして25周年を迎えた去年、東京で開催されたフレデリックバック展で、会え

るかどうか分からない中で会場を訪ね、初対面を果たしました。

その時の出会いがきっかけで、手紙のやりとりが始まりました。

そして今年、西村さんがバックさんのいるカナダを訪ね、西村さんの曲にバックさんが

絵を描き、バックさんの絵に西村さんが曲を書くというコラボレーション作品が生まれました。

その時に生まれた曲と、バックさんの絵を展示しての西村さんのピアノコンサートも開かれ

ました。会場には500人以上の方が詰め掛けました。

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『出会い』と名づけられた曲を聴いたとき、そこから西村さんの心の声が聞こえてくるようでした・・・

 

今、広島市の八丁座でフレデリックバックさんの『木を植えた男』など4作品を上映中です。

こちらもぜひ、ご覧ください。

2012年8月 9日

坂本龍一さんインタビュー(テレビ派取材)

先日、三原市で開かれた平和発信コンサートに坂本龍一さんが参加しました。

「音楽で平和を」をキャッチフレーズに活動している中・四国地方唯一のプロオーケストラ

我らが広島交響楽団との初共演です。代表曲「ラストエンペラー」など4曲が披露されました♪ 

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 被爆から67年を迎えた広島・長崎について。そして、今、思うことを聞かせてくださいました。

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〜インタビュー要約〜

世界的にも広島と長崎は忘れてはいけないと強く思っている。昨年、福島の原発事故が起こり

核の力を使う原爆と原発は同じだと感じた。広島・長崎のようなことがこれ以上二度とあっては

いけないと皆が思ってきたのに福島の原発事故が起きてしまった。もう一度よく考えなくてはい

けないということに日本だけでなく、世界中が直面していると思う。

身の回りに戦争や不幸なことがある時には、なかなか音楽は楽しめない。普通の人が音楽を

楽しめるようになるためには、どうしても平和が必要。平和が続けばいい・・・

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私もスタッフも世界の教授にお会いすると緊張していましたが、気負いのない自然体の振る舞

いに思わずリラックス。コンサートでも広響のメンバーに突っ込みを入れながら盛りたて、どん

どん演奏が盛り上がっていくのを体感しました♪

坂本さんは、広島を訪れるのは5回目で、来広の折に、イサムノグチさんの平和大橋を渡る

のが好きなんだそうです☆

このところの発言や行動に注目が集まっていますが、最後に「本当は、音楽だけやっていた

いんだけどなぁ・・・」と呟いていらっしゃったのが印象的でした。

2012年8月 6日

『碑(いしぶみ)』

きょう8月6日、広島市の平和公園から『碑(いしぶみ)』の前で中継をしました。

 

平和公園の西側、本川沿いに「旧制第二中学」の慰霊碑があります。

 

 67年前の8月6日8時15分、爆心地から約500メートル。

建物疎開作業に動員された旧制広島第二中学の1年生322人の命が原爆で奪われました。

当時12歳から13歳の少年たちでした。

 

約40年前、広島テレビは、少年たちの遺族に手紙を出しました。

返信には、8月6日に我が子が家を出て原爆にあい、命を奪われるまでのことが克明に

綴られていました。

ishibumi.jpg ポプラ社 『いしぶみ』より抜粋

「26キロ離れた呉市から夜道を歩き通してこられた渋江茂樹君のお母さんは午前五時、

川土手でいきを引き取ったばかりのお子さんの遺体を発見しました。長男の顔は、赤く

やけてはれ、指もやけただれて死んでいました。私のつく寸前に息をひきとったのでしょう。

ほおを流れた涙が、まだかわいてなくて、朝日にキラリとひかっていました。 」

 

広島テレビでは、遺族からの手紙をもとに、あの日の少年たちの足取りを調べてひとつの

ドキュメンタリー番組を制作しました。

そのDVD、VHSは平和学習の教材を目的として、学校や地域のグループに貸し出してい

ます。

広島テレビ コンテンツ事業局 082−249−1219 (担当:山田)

 

そして、その碑のドキュメンタリーから今度はレイクエム『碑』という組曲が生まれました。

旧制広島第二中学の後輩にあたる広島県立観音高校の卒業生が中心となって歌い継い

でいます。

来年も7月下旬から8月6日までの間に、県文化センターでコンサートが開かれます。

 

原爆の犠牲者は、今年28万人を超えました。

その苦しみ、悲しみは、はかりしれません。

 

亡くなっていく少年たちが発した最期のひとことに胸がつまります。

 

平和のために何をすべきか考えさせられます。