
放送日:2010年7月24日(土)
子供のころの記憶。ドッジボールに興じた。ドッジボールは昭和7年に広島で誕生したといわれる。ドッジボールにあったミカサのマーク。そんな思い出をもつ人も多いはず。
世界にその名を知られるミカサは大田川沿いの西区楠木町にある。本社のショールーム。今日までの競技用ボールの進化が分かる。バレーボール、バスケットボール、ラグビーボールやドッジボールもある。ミカサの前身、増田ゴム工業所は大正6年に創業した。競技用のボールつくりは戦後に始まった。培ってきたゴム加工の技術を生かした。ミカサの名を世界に知らせるきっかけが昭和39年の東京オリンピック。バレーボールの公式試合球に初めてミカサのボールが選ばれた。その後バレーでは国際大会の公式球をほぼ独占してきた。競技用ボールのイメージが強いミカサだが、少子高齢化や競技人口の減少に対応するための商品開発が進む。人と環境に優しい商品づくりを目指すミカサの企業戦略を探る。



放送日:2010年7月31日(土)
タンカーの大型化。中東と日本の間を原油を積んで往復する。その一航海に必要な重油の量。燃費が向上すれば重油も経費も削減できる。大竹市にある中国塗料。船舶塗料メーカーとして世界のビッグスリーに名を連ねる。その中国塗料が新しく開発した塗料「シープレミア」。塗料に含まれる顔料の粒子を独自技術で微細化した。粒子が細かいと塗りむらが発生しにくくなる。船底の凸凹がなくなることで海水との摩擦が減り、燃費が向上する。塗料の開発で燃費向上に貢献する。
創業は大正6年。呉海軍工廠の軍人だった鈴川巌が有志らと中国化学工業合資会社を興した。当時輸入に頼っていた海軍の艦船に使う塗料を国産化するのが目的だった。原爆で大きな被害を受けながらも高度経済成長で経営基盤を確立した。
広島で産声をあげて93年。いち早く構築した海外とのネットワーク。これが世界の競争力につながった。国際的企業を目指す中国塗料の企業戦略を追う。



放送日:2010年8月7日(土)
広島市安佐南区西風新都にある超高層マンション、A.City。
建築から16年が経ち、この度大改修が行われる。地上31階、100メートルまでの足場が組まれる。長崎塗装店はこの改修を請け負う。長崎和孝社長は「この仕事に携わって40年余りになるが、この高さは初めて。長崎塗装店にとって大プロジェクトだ」と言う。
創業者は長崎亀寿。戦地から復員し、昭和20年10月に塗装職人15人と長崎塗装店を起こした。広島の復興は高度経済成長の中で急速に進んだ。ビルの建築が相次ぎ、多くを長崎塗装店が請け負い、仕事は繁忙を極めた。
塗装からリフォームへ。平成5年からリフォームに取り組む。一戸建てからマンションまで需要に応えるための新たな業務拡大。広島の復興とともに歩みを続けて65年。塗装で培った技術を建物の改修に生かそうと総合改修業にシフトした。そしていま大プロジェクトに挑む。長崎塗装店の戦略に迫る。



放送日:2010年8月14日(土)
福山市を拠点に低価格と新鮮さを打ち出した食品スーパーを運営するエブリイ。山口県を除く中国4県に直営・フランチャイズ合わせて33店舗を展開する。
エブリイの岡崎雅廣社長は「デフレの進行。業界の競争は熾烈。地方のスーパーとしてどう特長を打ち出すか。地域ならではの安さと新鮮さを前面に。モットーは“たまのぜいたくより、毎日のおかずに貢献すること"」と言う。
昭和54年、義父の澤田嘉康とともに夕食食材の宅配であるヨシケイグループに加わりヨシケイ福山を立ち上げた。平成元年にもう一つの事業としてディスカウントスーパーを始めた。それがエブリイのスタートだった。
大手とは違うことをする。毎日のおかずを提供する身近な店を目指した。流通の教科書は捨てろ。これをスローガンにした。消費が低迷する中、業績を伸ばすエブリイの企業マインドに迫る。


