• 広テレ!
  • ニュース・お天気
  • 番組
  • イベント・映画
  • アナウンサー
  • スポーツ
  • モバイル
  • ピッピ

広島発!夢の通り道

"がんばれ広島" 「夢」をキーワードに、広島の企業の過去・現在・未来を描くドキュメント番組です。

放送内容

第96回 蘇った古代ロマン 蒲刈物産“海人の藻塩”誕生物語”

放送日:2010年3月6日(土)

穏やかな瀬戸内海。箱庭のような美しさだ。その海の恵みをいかした塩がある。その名も「海人の藻塩」。海人とは古代、海で魚や貝を採り、塩をつくることを生業としていた人の呼び名だ。歴史ロマンが漂う。
呉市蒲刈町の県民の浜。日本の渚百選にも選ばれた。マリンスポーツが楽しめるこの県民の浜に隣接する古代住居をイメージした建物が蒲刈物産の「海人の館」だ。「海人の藻塩」はここで作られる。
県民の浜の沖からくみ上げた海水を煮詰め、水分を飛ばしてサラサラになるまで焼き上げる。全て手作業。10トンの海水からとれる塩は、やっと200キロ。大量生産はとても出来ないと言う。
もう20年以上前に、蒲刈町の古代遺跡から製塩につながる土器が見つかったのが、藻塩作りの発端だった。「瀬戸内は古代から塩作りが盛んな地であったことが裏づけられ、古代にどのようにして塩を作っていたのか研究を始めた」・・・藻塩づくりを現代に蘇らせた研究家、松浦宣秀さんは当時を振り返る。
古代の製塩について古い文献を漁った。研究は難航した。万葉集にあった藻塩焼くの言葉がヒントになった。藻とは海藻のこと。この地域に多く生えるホンダワラに辿り着いた。
ホンダワラを海水に浸しては天日で干し、それを繰り返して塩分濃度を高め、土器に入れて煮詰める。藻塩作りには10年余りがかかった。
藻塩が出来上がったとき、松浦さんは、これを町おこしに活用しようと考えた。そして、平成10年やっと商品化が実現した。天然塩。静かにブームの輪が広がった。
いま、海人の藻塩のファンは広がっている。「素材の旨みを引きだす。塩自体にも旨みがある」と言う。
「瀬戸内海の歴史ロマンをよみがえらせた古代の藻塩焼き製法。それは健康にいい天然の自然塩。故郷の活性化に貢献したい。」と蒲刈物産支配人の高橋さんは言う。古代遺跡から見つかった土器。それをつかって塩を作っていた古代人に思いを馳せて再現した蒲刈の藻塩作り。そのロマンを現代の島の活性化に生かしたい。そんな願いに挑戦し、「海人の藻塩」を有名ブランドに育て上げた人々の思いに迫る。

画像画像画像

↑トップページへ

番組予告

第97回 ホームセンターのユーホー 目指せ!地域一番店

放送日:2010年3月13日(土)

暮らしに必要な日用品、園芸、カー用品、インテリアやペット。そして木材や農業資材。宝くじまで販売している……地元ホームセンターの大手「ユーホー」だ。1年に数点しか売れないものでもそろえている。どんな要望にも応えるために用意している……これがユーホーの経営方針だ。
ユーホーの本社は福山市多治米町にある。社長の佐藤哲士は「ホームセンター業界は激しい競争にさらされている。豊富な品揃えが必要なため店舗は大型化する。そうしなければ生き残れない」と言う。
ユーホーの前身は佐藤木材。福山の2箇所に製材所を持ち、下駄の材料を製材した。その後チップの製材を経て、外材を建築用に製材していた。街中での製材には限界があった。その場所を生かす何か別のことは出来ないか……。当時アメリカでホームセンターが流行っていると知った。そして、昭和53年、福山市奈良津町の製材所跡に第1号店を開店した。この時、まだ福山に大型のホームセンターはなかった。連日長蛇の列が出来たという。「小売のことは何も分からないまま開店したがよく売れた。ホームセンターを時代が求めていた」と佐藤は当時を振り返る。
第1号店の開店から32年。ユーホーは県東部を中心に出店を続けた。店舗数はいま21を数える。だが業界の競争は激しさを増している。大手と地方の中小との戦いだ。「資金力の違い。大手に地方の中小がどう対抗するか」が最大の課題だ。
対抗策の一つとして、ユーホー神辺店を平成2年にオープンした。そこに競合店が進出してきた。そのため平成11年に別の場所に移転した。店舗は大型化した。そして更なる競争の激化。
平成17年に新神辺店をオープンさせた。広さはさらに広くなった。
「資金力では大手に負ける中小が出来ることは何か。新規出店ではなく、売り上げ好調な店を近くに移転して売り場面積を増やす。移転・増床で対抗した」と佐藤は言う。
多種多様な品揃え 専門のスタッフがアドバイス プライベートブランド商品の開発…… 大手に勝つために大切なことは何か……佐藤は「一層の地域密着。大手にできないもので地域一番店を目指す」と言う。
厳しい競争。時代の求めるもの。ホームセンターユーホーの試みと挑戦を追う。

画像画像画像

↑トップページへ

第98回 ステーキハウス都 おもてなしが味の決め手

放送日:2010年3月20日(土)

福山市の郊外、春日町。レストランやショッピングセンターが軒を連ねる。高い塀と大きな樹木が特徴の店。駐車場係の丁寧な案内。駐車場の車。多いのが岡山や広島のナンバープレート。
店の名前は「ステーキハウス都」。打ち水をした敷石。そして出迎え。鉄板調理のカウンターに案内され、コックが挨拶し、調理が始まる。嵜本渉社長は「何より大切にするのはもてなしの心。料理のおいしさと同時に人間の魅力が商売に欠かせないものだ」と言う。
34年前、現在の場所で嵜本は妻と一緒に小さなレストランを開いた。夫婦はともに料理専門学校を卒業し、飲食店を開くのが夢だった。店の名前は妻の名前からとった。妻の嵜本都江専務は「きっと流行る。そう信じていた。だが全く流行らなかった。メニューの数は多かったが、何の特徴もなかったからだ」と当時を振り返る。
当時福山で大人気になっていたレストランがあった。オープンキッチンの店だった。それをヒントにした。鉄板調理の店に変えた。オープンキッチンにすることでお客さんの嗜好を知ることができた。そして、会話によってお客さんを知り、何が大切かを知ることが出来た。嵜本は「だから、これで行こうと決めた」という。しかし、ファミリーステーキハウスとしてオープンさせた2店舗目の曙店で発展に水を指す事故がおきた。食中毒が発生し営業停止。眠れぬ夜が続いたという。それが教訓になった。
「店は綺麗に磨き上げていた。器も磨いていた。だが中身、心は磨いていなかった。本当に大切なことは何か、初めて気づいた」と嵜本は言う。
今、店内には、いたるところに手洗いがある。そこでは、コンピュータ制御の殺菌水が出る。衛生管理を徹底した。ミーティングも徹底している。全員が必ず出席する。中身を磨く、心を磨くことの大切さを徹底する。もてなしの心に通じるものが、ここから育つ。
メニューの決定も工夫した。コックが提案する。だがそれで決定するわけではない。関門がある。社長ら役員が全員参加する試食会だ。ここでその日の内容が決まる。味だけではない。食の安全・安心。お客さんが感動する料理とは何か。いま提供しなければならないものは何か。これが、メニュー開発のポイントだという。もうひとつの特徴……レストランがキッチンスタジアムになる。結婚披露宴でも使われる。70人の招待客が対面調理を楽しむ。ここだけの披露宴スタイルだ。感激と感動の輪が広がる。ステーキハウス都の客単価は決して安くは無い。昼食でも 6,000円 を超える。景気回復が進まないいま、低価格志向が加速する。その中で嵜本社長は「経営方針は変えない。目指すものだ」と断言する。レストラン経営成功への歩みを追う。

画像画像画像

↑トップページへ

過去の放送内容

▼2010年

2009年 >>

2008年 >>