2008年05月20日

19年と2ヶ月の感謝

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先日、カープナインに胴上げしてもらいました。
あり得ない出来事です。

今日は、そんな私からの報告です。


私、田坂るり、この5月一杯で退職します。
広島テレビのアナウンサーとなって19年と2ヶ月。
皆様本当にお世話になりました。

進め!スポーツ元気丸
ズームイン!!SUPER
そして日々のニュースなど
”画面に出ての仕事”は3月一杯で終了しました。

その後、皆さんから身にあまる暖かい言葉をかけていただきました。
感謝の思いと、そのすべてに直接お礼を申し上げられないもどかしさも込めて、
ここに書かせて頂きます。

3月末
東京在住のTさんから送られてきた私の似顔絵プレート。
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広島出身でお仕事がグラフィックデザイナーだそうで、
17年前、私が”ズームイン!!朝”に出始めた頃から見て下さっているそうです。
私の元気丸降板を聞きつけて、
「ありがとう」が言いたくて無我夢中で作りました、というお手紙を添えて頂きました。
こちらこそ!そんな思いを持っていただいてありがとうございます。


5月 20日
サンフレッチェイレブンが寄せ書きを届けて下さいました。
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選手から”田坂るりさんへ”なんて書いて頂くなんて、ドッキドキです。
選手へのメッセージはこちらから贈るもので、
選手から贈って頂くなんて、
夢の様です。
サンフレッチェの試合には、なかなか足を運べなかった分、
元気丸では、エキストライニングに選手の皆さんへの思いを込めて放送しました。
選手の一人ひとりに思いを馳せて原稿を書き、
放送に載せる事は、
とても幸せな工程でした。


球団から、サンフレの様々な場面の写真をプレートにして頂きました。
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この中の1枚、バクスター監督の元で優勝した日、
優勝祝賀会会場で、
柳本選手と、当時のキャスター児玉、田坂の3人で、
座り込んで朝まで話した事を思い出します。

4月3日
広島市民球場で、なんと”田坂アナ引退セレモニー”なる事をしていただきました。
カープ球団からの、信じられないプレゼントです。
この日は、
「試合終了後、いつも取材する時の様にベンチ裏に来ておいて下さいね。」
と言われていました。
特別に選手と写真を撮って頂けるらしい・・・、と聞き及び、
恐縮して待っていました。
すると、
試合は ルイスの好投と打線の集中だで見事な逆転劇で、
カープの今期初勝利!!
ジーンと来ている所で、
場内放送が聞こえてきました。

「この度、広島テレビの田坂アナウンサーが引退します。
ただ今から引退セレモニーを行います・・・。」
そして、アストロビジョンに私の映像が流れ始めたのです。

15年前、進め!!スポーツ元気丸が始まった当初の映像です。
?!!!!?
びっくり、というものではありませんでした。

そこから、ブラウン監督、倉選手会長、山本浩二さんから花束を頂き、
選手の皆さん全員との写真撮影、そして、選手の皆さんによる胴上げ、
と続きました。
その時の様子を、松田元オーナーが何とポスターにして下さいました。
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ポスター@:記念撮影


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ポスターA:胴上げ


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大きな選手の皆さんの中で小さくなっている私。
せっかくだったんだからもっと背筋をピンと伸ばせば良かった、
と思うけど、
あの時は
「どーしよー!!どうして私が、こんな所でこんな事しちゃってもらってるんだろう!!」と、
意識が確かでなく、
まさに”小さくなって”いたのです。 

けれど、写真撮影後、
握手のために手を差し伸べて下さった選手の皆さんの表情の優しかったこと。
”戦う男たち”がみせてくれた、信じられないくらいやわらかで優しい顔は・・・、
なんとも言えず心に残り、私には何よりの鼻向けとなりました。

見守って下さったスタンドの皆さんから、
「田坂さーん」「るりちゃーん、お疲れ様ー」「ありがとー」
と、声をかけて頂きました。
皆さんに手を振りながら思い出しました。
小学生の頃、初めて足を踏み入れた市民球場で、
「この世の中にこんなに美しい場所があるんだー」と思ったあの感動。
どこまでも広がる緑の芝の美しさを。
そして思いました。いつの間にか”記者席観戦”が常になっていたけど、
私はあの応援席に又戻るんだわ!!と。

19年と2ヶ月は、
私の人生のほぼ半分。
人生の半分を、アナウンサーとして全力で駆け抜けてきた様な気がします。

これからは、家族との時間を大切にしながら、
色々な事にチャレンジしてみるつもりです。

ここまで書いてみて感じる事。
様々な皆さんの顔が浮かんで、
結局は書ききれないという事です。

このブログを読んで下さっている方は、ご存知かもしれません。
私の興味は、
自然の力の豊かで不思議な大きさ。
日本文化の素晴らしさ。
食に対する興味。
に大きく振れています。

そんなことへの探究心は尽きる事がありません。
少しづつですが、もっと深く学んでみたいなあと思っています。

もちろんこれからも、
大好きな広島で、
カープを、サンフレを、
スポーツを応援しながら生きてゆく私です。

とても書ききれない感謝の気持ちを、
これからの人生でお返し出来ますように!

皆さん本当に本当に、
ありがとうございました。

感謝の気持ちを込めて、ブログを読んで下さった皆様にプレゼント!
上記の2枚のポスターをセットで100名様に差し上げます。
応募方法はこちらまで!

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投稿者 tasaka : 12:48

2008年03月23日

さいたー さいたー パンジーのはなが

咲きました。我が家のパンジーのはなが。
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私の指が巨大なのではありません。
花が小さいのです。
私が、種から育てたパンジーです。

花屋さんで売られているパンジーの苗を見るにつけ、
私のパンジーの生育の遅さに、
花が咲くのは諦めつつあった矢先、
かわいく小さく咲いてくれたのです。

大喜びで家族に見せても、
あまり反応は無く・・・、
「あのピンクのはきれいだねえー」
と、つれない反応。
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奥には、一時諦めかけた証の、
”苗から買ってきた花たち”が、咲いているのがご覧いただけますでしょう・・・。
やはり、小さいより大きいものの方が魅力的に見えるのでしょうねえ。

けれど・・・。
さいたあー、さいたあー、パンジーのはあなあがー。
「あの小ささがかわいいんじゃん!」
育てた私としては
そう言いたくなるのです。

小さな花壇のちっちゃな花が運んでくれた、
ちいさな幸せ。
春ですねえ。

投稿者 tasaka : 21:11

2008年01月16日

春よ来い

我が家の小さな花壇の手入れをしました。
気になり続けていたのです。

昨年秋に、チューリップとムスカリの球根を植えた後、
追加で、空いている空間に、パンジーとエーデルワイスを植えようと計画。
パンジーとエーデルワイスは、種で購入、
小さなパレットの上で育てて来ました。

育てた・・・、とは言っても、
種まきした後は、時々水をやって、
ベランダで放りっぱなし。
種の袋に書いてある説明には、
「本葉が出てきたら、一つづつポットに植え替えましょう」
けれど、そんな手間が掛けられず、
いわゆる伸び放題の放ったらかしでした。

で、乱暴にも、いきなり花壇に移植しようと思いたったのです。
ところが!
花壇には、雑草たちが、のびのびと蔓延っているのです。
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私がパレットの上で育てた若葉などより、
ずうーっと生命力がありそう。

こりゃあまず雑草抜きから、
と始めてはみましたが、途中でナンだか変な感じ・・・。
雑草を抜いて、パンジーとエーデルワイスの若葉を植えてゆく、
古新聞の上に積み重なって行く雑草たち。
掘り起こした土の上にそっと植えてやる、パンジーの若葉。
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同じ植物に生まれて、
しかも、見た目はあまり区別がつかないほどそっくりな葉っぱなのに、
えらく違う扱いよねえ。

人間の勝手な好みと選択によって、
こうして植物の命は左右されていくのだなあ・・・。

我が家の”ただの花壇の植え替え”は、
ジャングルの行方を司る女王様の様な、
妙に大げさな気分で執り行われたのであります。

かくして、大事だいじに育てられたパンジーとエーデルワイスは、
チューリップの間で、ぬくぬくと?!育てられる事に。
そりゃいいけどちゃんと花が咲いてくれるかなあ・・・。

投稿者 tasaka : 11:52

2007年12月23日

セリーヌ・ディオンがやって来る

とっても久しぶりの更新です。皆様!ご無沙汰していてすみません。
久しぶり・・・、といえば、先日4年ぶりくらいに友人に再会しました。

友人とは、これまた久々に仕事を再開したセリーヌ・ディオン・・・ではもちろんなく・・・、そのセリーヌ・ディオンの日本ツアーを担当しているプロデューサーとして広島にやってきたのです。

彼女は、私より2才年下の、かつての敏腕報道記者、よく飲み、よく食べ、よく遊ぶ、とっても元気な女性です。
テレビ局の不思議な必然性で、報道現場から、そういったイベントの仕切りをする部署への人事異動もあったりするのですが、彼女は、その敏腕振りを、相変わらず上品な女性らしいスーツで包み隠しつつ、やわらかな宝塚なまりの(歌劇団ではありません、宝塚市出身です)関西弁で語って行きました。

「セリーヌ・ディオンさんって、お会いしたらとっても気さくで柔らかな女性で、母親にならはってますます違う魅力が出できはった感じやったわー」

ふーん。
セリーヌ・ディオンかあ。
芸能・音楽にちょっぴり疎い私は、タイタニックしか知らないけど、聴きに行って見ようかなあ。
彼女の話を聞きながらそう思っちゃった私。

4年ぶりの友人といい、セリーヌ・ディオンといい、
女性は意外と”素敵な女性”の魅力っていうのに弱いのです。

投稿者 tasaka : 21:37

2007年11月07日

広島のほこり

きのうテレビ宣言を見ていて感動しました。
もみじ饅頭の”にしき堂”のお話。
 
箱の中の、一つひとつの包みに番号が記してあるそうな。
それは、その一つひとつのもみじ饅頭が、何時何分にどの機械で誰に作られたかが分かる様に。
万が一が起こった時に原因究明が出来るように。

さらに、賞味期限は、保存テストでは製造日からおよそ20日間だけど、
表示には8日間にしてあり、
さらに、製造日から3日たった商品は一旦店頭から引き、
バラにして値段を下げて売る。
もったいない売り残しを出さない工夫だと。

小規模で生産した時代は必要なかった工夫が、大量生産になれば当然必要になって来る。

そんな中で、広島のもみじ饅頭が、
ここまで工夫を凝らしているとは!
とっても誇りに感じました。

これぞ、”食を商う方”の本来の姿!!と、広島っことしては胸を張りたい気分です。

投稿者 tasaka : 15:51

2007年10月21日

大好きな赤福

各地の土産物の中で、
個人的に、大好きランキングかなり上位だった赤福。
それだけに、最近の新聞報道には興味津々。

スミからすみまで読んでみて、ナンだか不思議な感じ。
新聞によりますと、
「賞味期限のきれた赤福を、
あんと餅に分けて、
あんは業者に卸したり。
餅は刻んで新しいものに混ぜたり、償却処分したりした」・・・と。

かなり手間隙かけた製造年月日詐称だこと。

さらに、
理由は”もったいないから・・・”。

ここだけの話・・・、
しごく納得してしまった。
 
確かに、もったいないよねえ・・・。
もし、うちで作った料理やお菓子が古くなりかけたら、
私も出来るだけ再利用しようとするし、
むしろ捨てちゃった方が罪な気がする・・・。

誤解しないで下さい。
赤福の顛末を擁護しているのでは決してありません。
作りたてだと信じていた赤福ファンを裏切ったなんて、ゆるせなーい!!

けれど、そんなに手間隙かて、また美味しくなるのなら、
(かなり前から”再利用”してた割りに、私が食べた限りでは赤福は美味しかった)
賞味期限がもっと長くても良かったのでは?
とか。

賞味期限ってほんとに必要なのだろうか?
製造年月日のみ記してあれば、
あとは消費者が経験上の自己責任で、
匂ってみたり、火をとおしてみたり、おばあちゃんに聞いてみたり、ときにはちょっと食あたりしてみたり??!してみながら動物的勘を蘇らせつつ消費する、とか。

あんこに付いた、あの、かわいらしい手のあとがトレードマークの赤福。
”つくりたての手作り感”満載だった商品だけに、
大量生産路線に進んだ事が、間違いの始まりだった気もするけど・・・。

白い恋人事件に、赤福事件。
美味しい食べ物達を取り巻く環境の矛盾を
ぽっつり感じる今日この頃です。

投稿者 tasaka : 21:25

2007年10月01日

くりの話2

お正月を待ちきれず
栗きんときを作ってみました。
サツマイモを甘めに煮て
木杓子で粗くつぶした"簡単きんとん"です。

一番手がかかるのは、くりの皮むき。
オニ皮とアマ皮を剥いていくと
経験不足の我が手は赤くなってきたりして。
kuri2.jpg

そうしているうちに、子供の頃の記憶が蘇ります。
ゆでぐりがお皿に乗ったちゃぶ台。
オニ皮のまま、包丁で真っ二つに切ってスプーンですくって食べる。
その方法だと、好きなだけどんどん食べられて嬉しいのだけれど・・・、
母が丁寧に剥いている栗は誰の口に入るのかなあ。
まずは、おじいちゃん、そしておばあちゃん・・・。
何個かに一つ、私の元に回ってくると、とっても嬉しかったこと!

包丁でくるんと剥いてもらった、黄色いほっこりした塊は、
とっても大切なものに思えて、
いっぱいの口の中で、大事にいつまでも噛んでみたりしたものです。

ひと手間かけるって、
なんだかとっても暖かい。

最近、料理の手間をかけずに
合理的にすます忙しい日々。

私たちはその替わりに、
いったいどんな大事なものを手に入れたのだろう。

栗剥きをしながら、秋の夜長に、ふとそんな事を思います。

投稿者 tasaka : 15:48