2009年8月10日

いつまでもお元気で

自分は生かされてるな、って思うときがありますよね。

 

たまたまなのか、運命なのか。

 

ときどき、思い出したように、

親や、先祖や、神や仏に感謝します。

 

 

では、64年前の原爆によって亡くなっていった人たちの命って、

人生って、なんだったのでしょう。

 

 

悪魔のような兵器を人間が造り出し、

悪魔のような所業を人間が行った。

 

 

容赦もなく命をむしりとられた人、

一命を取り留め、なおも苦しんでいる人もいる。

 

 

どういうことだったのだろう。

何十年たっても、たとえ何世紀たっても、

わからないでしょう。

 

 

その核兵器が、使用されないよう、

廃絶されるよう、行動する人がたくさんいます。

 

 

沼田鈴子さん、86歳。

 

私が物心ついて初めて、直接

被爆体験を聞かせてくださった女性です。

 

お会いするごとに、新たなお話も聴かせてくださいます。

お一人から聴く被爆体験といっても、

あの日までの生活、あの日の朝のこと、

その後のこと、家族のこと、友人のこと、

そして、今思うこと・・・

お一人お一人に、たくさんのお話があるのですよね。

 

被爆した逓信局の庭に、爆風に傷つきながらも

新しい芽を出したアオギリの木が立ち、

片足、そして、婚約者も失った沼田さんを

勇気づけてくれたそうです。

 

松葉杖をつきながら、核保有国のフランスや、

核燃料を積んだ船が通過する中南米の国パナマなど

海外へも証言活動に出かけていきました。

 

「アオギリはしゃべることができないから、

私が代わりにあの日のことを話すの。

伝えなくちゃいけないことがまだまだあるからね。

しゃべれる限り、しゃべらなくちゃ。」

 

普段は笑顔で、一生懸命お話してくださる沼田さんです。

 

aogiri.jpg

そのアオギリは、広島市の平和公園の原爆資料館の北側にあります。

沼田さんが長年、修学旅行生たちに証言活動をしてきた場所。

 

今年8月6日、

ここで被爆ピアノの「アオギリ平和コンサート」が開かれました。

 

concert.jpg

 

矢川ピアノ工房の矢川さんが、

沼田さんの証言活動をきっかけに

8年前から始めた催しです。

 

現在は養護ホームで暮らす沼田さん。

介護の手がなくては外出できませんが、

この日ばかりは平和公園へいらっしゃいました。

Numaata_san_Yagawa_san.jpg

(左、沼田さん、右が矢川さん)

か細くなった手ですが、とっても温かいんです。

 

どうか、いつまでもお元気で、私たちを力づけてほしいです。

 

そして、私たちは、

沼田さんたちが蒔いてくれている希望の種子を

育てていかなくてはいけません。

 

投稿者 nishina : 16:45